福岡地方裁判所小倉支部 昭和51年(ワ)297号 判決 1981年5月21日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき昭和四六年三月一二日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告との間で昭和四六年三月一二日別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき代金は一坪六〇〇円としこれに実測面積を乗じて定める。手附金は二〇〇万円とすることとして売買契約を締結した。
2 原告は右契約日までに被告に対し手附金二〇〇万円を支払つた。
3 本件土地の実測面積は合計一万〇、六六七坪であるから約定の売買代金は六四〇万〇、二〇〇円となり、これから右支払済みの手附金を控除すると残金は四四〇万〇、二〇〇円となる。
ところで、被告は最近になつて売買契約の効力を否認し、本件土地の所有権移転登記手続に応じない。そこで原告は、口頭をもつて右残代金につき弁済の提供をしたうえ、昭和五一年三月九日右残代金額を福岡法務局北九州支局に弁済のため供託した。
4 よつて、原告は被告に対し本件土地につき昭和四六年三月一二日付売買を原因とする所有権移転登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は否認する。
原告と被告組合との間で本件土地につき売買契約を締結する旨の契約書が存在するが、それは被告組合のゴム印及び代表者印を何者かが冒用して作成した偽造書類であつて、当時の被告組合の組合長であつた坂野虎松が作成したものではない。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実のうち、本件土地の実測面積が原告主張のとおりであること、原告主張の弁済供託がされたことは認めるが、その余の事実は争う。
三 抗弁
1 原告主張の契約の目的物には、本件土地の外に大積湾約一三万坪の漁業権が含まれており、右契約は右漁業権の放棄が主で本件土地は従たるものとして契約が締結されたものである。
ところで、水産業協同組合法第四八条一項九号、第五〇条四号によれば、漁業権又はこれに関する物権の設定、得喪又は変更は組合の総会の特別決議を経由しなければならないと定められている。しかるに右契約の締結につき被告組合総会の特別決議はされていない。したがつて、右契約が締結されたとしても、それは右総会の特別決議に基づかずにされたものであるから全体として無効である。
2 右契約のうち漁業権の放棄に関する部分に存する右手続上の瑕疵が本件土地の売却に関する部分の効力を左右するものでないとしても、被告組合定款二二条三号によれば、固定資産の取得又は処分に関する事項については組合長が理事会に附議しなければならないものとされているところ、本件土地の売買契約は右理事会の議決を経ずにされたものであるから、右定款の規定に違反し無効である。
3 原告は本件土地の売買代金として四四〇万〇、二〇〇円を弁済供託しているが、それは現実の提供をせずにしたもので効力を生じない。したがつて、右売買契約については履行の着手がいまだないというべきところ、被告は昭和五一年五月一四日原告に対し手附金の倍額四〇〇万円を現実に提供して、解除の意思表示をした。しかるに原告は右金員の受領を拒否したので、被告は同月一四日福岡法務局北九州支局にこれを弁済供託をした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実のうち、本件契約の中に本件土地に関する部分と漁業権の放棄及びその対価に関する部分が含まれていることは認めるが、その余は争う。
右契約は本件土地の売買契約と、海面につき被告が漁業権を放棄し、それに対し原告がその対価を支払う旨の契約との二種の契約が同時にされたものであつて後者に無効理由があるとしても、当然に右契約全体が無効になるわけではない。
2 同2の事実は争う。
3 同3の事実は争う。
原告は、坂野虎松が本件土地の売買契約に先立つて運動費を要するというので一七〇万円位を交付していたが、坂野は五〇万円を越えて受領した金員は契約締結後は代金の一部として充当することを原告に約していた。そして、本件契約をし契約書を作成する際約定により右運動費名目の一七〇万円のうち一〇〇万円を手附金に充当することを確認し、新たに一〇〇万円を坂野に交付し都合二〇〇万円をもつて本契約の手附としたものである。右事情等を考えると本件二〇〇万円は解約手附ではなく、証約手附である。
仮に右手附が解約手附であるとしても、原告は本契約の履行を再三再四にわたつて求めて来たあげく、被告がこれに応じないので、やむなく本訴を昭和五一年四月一二日に提起した。したがつて、被告は遅くとも同日以降は手附倍戻しによる解約権を喪失している。
五 再抗弁
1 原告は、被告組合長が不動産を売却するについて定款二二条三号に規定する代表権の制限があることは知らなかつた。
2 そうではないとしても原告が、前記坂野虎松及び当時被告組合の監事であつた藤井照義から告げられたのは、本件土地を含む大積湾の売却は既に組合の方針である、あとはだれにいくらで売るかを役員会に諮つて決めることになるということであつた。右訴外人らが原告の買受希望にそえるよう他の理事、関連漁協、その他の関係先に話をつけてやろうというので、原告はそれを信じ言われるままに運動費を交付して結果を待つていたところ、被告組合として原告に売るように決定したとの報告に接し、原告はこれを信じて本契約を締結したものであり、右のような事情から原告がこれを信ずるにつき正当な事由があつたものである。
3 被告は昭和五〇年二月二〇日の総会において、本件契約作成当時の組合長坂野虎松が被告組合の代表者として原告と右契約を締結したものであることを認め、右坂野の行為に権限踰越等の瑕疵が存在するとしてもこれを主張しないという前提で、原告に対し示談交渉を要請した。
したがつて、右坂野の本件契約の締結行為に代表権の制限を逸脱した瑕疵があるとしても、被告は右行為を追認したというべきである。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実は否認する。
原告は、本件契約が締結されるためには被告組合の理事会での決議が必要であることを知つていたものである。そのことは次の事実からも明らかである。
すなわち、原告は被告との過去の経緯からとかくうわさのある原告の名前を使つて本件土地購入を申し出れば疑惑を招き他の理事の賛成を得られない恐れがあるとして、わざわざ原告の妻である青木良子の名前を使つて申し込みをし、他の役員に対する運動資金として藤井照義に金員を交付し、更にその金員の授受に関しても、わざわざ小切手を振出し、これが被告組合として受け入れられるかどうかを探るため不渡事故を作出し、そのうえ右藤井に対し自己の提供した資金の使途を報告させているのである。
2 同2、3の事実は否認する。
第三 証拠関係(省略)
理由
一 原被告間に本件土地の売買契約が締結されたか否かについて判断する。
本件土地に関しては原被告間で昭和四六年三月一二日大積湾約一三万坪の漁業権とともに売買契約が締結された旨の売買契約証書(甲第三号証)が存在するところ、その被告代表者名下の印影及び被告名が被告代表者印及び被告記名ゴム印により顕出されたものであることは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第一一号証、第一六号証、第一八号証の一、二、第二二号証、原本の存在、成立ともに争いがない甲第二三、二四号証、証人藤井照義の証言により真正に成立したと認められる甲第七号証、第一七号証の一、二、第二〇号証の一、二、第二一号証、証人坂野虎松の証言(第一、二回)により真正に成立したと認められる甲第一二、一三号証、証人藤井照義、同坂野虎松(第一、二回)の証言により真正に成立したと認められる甲第八ないし第一〇号証、乙第二、三号証に被告代表者名下の印影及び被告名が被告代表者印及び被告記名ゴム印により顕出されたものであることに争いがない甲第六号証の存在、証人竹岡治郎、同青木良子、同藤井照義、同坂野虎松(第一、二回)、同坂田勇の各証言、原告本人尋問の結果(第一回)を合わせると、
原告は星木モータースという屋号で自動車販売業を営んでいる者であり、被告組合員を顧客として紹介してもらうなどの関係で同組合員である藤井照義と親しくなつたこと、藤井は昭和四五年九月に被告組合の監事に就任したが、そのころ原告に対し被告が借金の返済資金がなくて困つており、資金捻出のため本件土地他大積湾の陸地化している部分約三万坪を売却する計画があるが、買わないかという話をしたこと、原告は従兄弟の竹岡治郎に相談し、現地もみて代金が一坪当たり五ないし六〇〇円程度ならいいのではないかということになり、同人と資金を出し合つてこれを買うことに決め、当時被告組合の組合長理事であつた坂野虎松にその旨申し入れたこと、坂野はそのことを役員に諮つて決めるということであり、竹岡らが坂野の勧めで坂野、藤井外被告の組合役員約四名の立会いのもとに現場をみたこと、また坂野、藤井が役員の意見をまとめるため運動費がいるというので、原告は同人らに対し昭和四五年一一月ころまで数回にわたり合計約一七〇万円を渡すとともに、原告の妻青木良子名義で被告宛に右三万坪の土地を一坪当たり四〇〇円で買いたい旨の申込書を作成し、藤井に渡したこと、ところが同年一二月に坂野、藤井から被告組合内部では右三万坪の土地の売却では充分な資金調達ができないので、大積湾約一三万坪の公有水面に有する漁業権も一括して売却するということに決まつた、価格は一坪当たり六〇〇円になるだろうという話があつたこと、原告としてはそれでは資金額がこれまでと桁違いに多額になること、このまま引下がればこれまで出した運動費が全く無駄になるおそれがあること等のため一時窮したが、資金調達をどうするかについて検討したうえ結局これを買い受けることに決め、その旨坂野に伝えたこと、そうすると同年二月中旬ころ坂野から更に運動費として一〇〇万円が必要であるから出してほしいと言つてきたので、原告が契約できるかどうかも判らないのに金ばかり要求されては困るとして売買契約の締結を強く要求したところ、坂野、藤井は契約書を作成するので右金員を是非出してほしいという返事をしたこと、そこで原告と坂野との間で、本件土地等につき売買契約をして契約書を作成すること、手附金は二〇〇万円とし原告が既に坂野らに運動費として渡している約一七〇万円のうち一〇〇万円をこれに充て、残額一〇〇万円は契約書作成時に交付することが合意され、原告は坂野の依頼で買主、売主欄を空欄にした本件土地等に関する契約書二通及び委任状を作成し、坂野に手渡したこと、その後数日して藤井が坂野の使として被告及び被告代表者の記名印、被告代表者印が押印された右売買契約証(甲第三号証)及び委任状(甲第六号証)を原告方事務所に持参し、原告は右各書面と引換えに藤井に一〇〇万円を交付したこと、
以上の事実が認められ、これに反する証人坂野虎松、同藤井照義の各供述はにわかに措信できず、他にこれを覆えすに足る証拠はない。
右によれば、前掲甲第三号証は当時被告の組合長理事であつた坂野虎松自身によつて若しくはその承諾のもとに作成されたものであり、坂野は昭和四六年三月一二日被告組合を代表して原告との間に被告が本件土地を売却し、かつ約一三万坪の公有水面における漁業権を放棄し、原告がそれらに対する対価として一坪当たり六〇〇円を支払うことを内容とする契約を締結したものと認められる。
二 ところで水産業協同組合法四八条一項九号、五〇条四号によれば漁業協同組合が漁業権放棄をするについては総会の特別決議を経なければならないものと定められているところ、被告は、本件契約は総会の特別決議を経ずに締結されたものであるから、右契約のうち漁業権放棄に関する部分はもちろんその従たるものとしてされた本件土地の売却に関する部分も無効であると主張する。しかしながら、本件土地と漁業権放棄とは本来各別に取引対象となるものであつて、本件契約は右両方の取引が同時にされたにすぎないとみられるから、漁業権放棄に関する部分が被告主張の理由で無効になるとしても、そのことにより本件土地の売却に関する契約も当然に無効になることはないというべきである。
したがつて、被告の右主張は理由がない。
三 被告は右本件土地の売買契約は被告組合定款二二条の規定に違反し無効であると主張する。
成立に争いがない乙第四号証により認められる被告の定款二二条によれば、組合長は固定資産の取得又は処分に関する事項を理事会に附議しなければならない旨規定されている。
右規定はその体裁上単に理事会の権限を定めた組合の組織上の規定であるようにも見えるが、しかしながら他方組合長の代表権に対する制限規定であつて、右制限に違反してなした組合長の対外的法律行為は原則として組合に対し効力を生じないものというべきである。しかるに、前記一認定の事実に証人坂野虎松(第一、二回)、同藤井照義、同坂田勇、同前田平八、同中村年市の各証言、被告代表者本人尋問の結果を合わせると、坂野虎松は原告に対し本件土地を売却する件につき被告の理事会に諮つたが、売買代金が安すぎるなどの理由でなかなかその承認を受けることができないでいたところ、前記一認定の経緯で原告から早く契約を締結するよう強く要求されたため、やむを得ず理事会の承認を受けないまま本件売買契約を締結したこと、その後も右の件につき理事会の承認はされていないことが認められる。したがつて本件売買契約は右定款の規定に違反しているといわなければならない。
四 原告は右定款の規定による代表権の制限があることは知らなかつたと主張する。しかしながら、坂野虎松が原告に対し本件土地の売却については役員会に諮つて決める旨告げ、原告が被告組合役員等に対する運動費を出してほしいとの坂野らの要求に応じて約二七〇万円を同人らに交付していることは前認定のとおりであり、そればかりでなく証人藤井照義、同青木良子の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地等の売買の申込書を作成するに当たり、藤井照義から原告は被告の組合員に自動車を販売している関係で組合員に顔見知りが多く、原告名義の申込書を出すと疑惑を招き売買がうまくいかなくなる恐れがあると聞いて、自分の妻青木良子名義で右申込書を作成し、藤井に渡していることが認められる。しかして、右事実に照らせば、原告は本件土地の売却は被告の規約上坂野の一存では決まらず、役員会の承認が必要であることを認識していたと認められ、これを覆えし、被告主張の事実を肯認するに足る証拠はない。
五 原告は、本件土地の売却につき被告組合役員会(理事会)の承認があり、坂野虎松が本件土地につき売買契約締結の権限があるものと信じ、そう信じるにつき正当な理由があつたように主張する。しかしながら、原告が仮に右のように信じたとしても、前記一認定の本件売買契約締結の経緯(坂野虎松としては他理事への工作が奏功したからというより、むしろ運動費一〇〇万円を受領する手段として売買契約書を作成したものとみるのが相当である。)からみて原告がそう信じるにつき正当な理由があつたと認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
そうすると、本件売買契約は坂野が前記定款の規定に違反して締結したもので被告に対しその効力を生じないというべきである。
六 原告は、被告が坂野虎松による本件売買契約の締結を追認したと主張する。
前掲甲第一三号証、第一六号証、第二三、二四号証、証人中村年市の証言、被告代表者及び原告本人(第一回)の各尋問の結果によれば、原告と被告との間では本件売買契約の存否ないしその効力について争いがあつたが、被告は昭和五〇年二月二〇日開催した臨時総会において、右の問題を審議し、出席組合員が関係者である原告、坂野虎松及び藤井照義から事情説明を受けるとともに、問題の処理につき話し合いをしたこと、その結果坂野虎松らが原告と本件土地の売買等につき交渉し、運動費と称する金員を受け取つていたこと、本件土地につき売買契約書も存在するらしいことが判明し、坂野、藤井外出席した組合員が原告に迷惑をかけたことに対し謝罪したこと、続いて同月二三日開催された臨時総会において被告組合が右問題の解決のため原告と話し合うことが決められ、これに基づき当時の組合執行部が原告と交渉を持つたことが認められる。
しかし、右各証拠によれば、原告の出席した右二〇日の総会では右問題に関して被告の結論は出されないまま継続審議となつており、続く同二三日の総会では坂野虎松がこの件については自分達が悪いのでどのような責任も持つ旨表明して議事が終了していること、その後の被告と原告の示談交渉でも本件売買契約が効力を有することを前提にした話し合いがされたわけではなく、本件土地について改めて売買をするかどうかが交渉されたにすぎず、結局その交渉もまとまらなかつたことが認められる。右事実に照らすと前記総会において被告組合員らが原告に謝罪し、被告が原告に右問題の解決のため話し合いを申し込んだことをもつて、被告が本件売買契約を追認したものと認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
七 以上によれば、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙
物件目録
(一) 北九州市門司区大字大積字森三八一番四
一 雑種地 二万三、九四四平方メートル
(二) 同市同区大字大積字遠見ホタケ尾一五四五番四
一 雑種地 七、七九三平方メートル